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【横浜を拓いた男たち】シリーズ第6回 九転十起の事業の鬼―浅野総一郎

九転十起の事業の鬼―浅野総一郎

松沢成文

 

 「横浜を拓いた男たち」の最後に取り上げるのは浅野総一郎である。 “九転十起の男”と呼ばれるほどの人生を紡いだ。近代日本屈指の大事業家。皆さんは、この破天荒な事業家の生涯をどこまでご存知だろうか?

 

 明治から昭和初期にかけて、セメントを中核事業に石炭や石油、開運など70以上の大事業を手がけ、一代で浅野財閥を築いた浅野総一郎。なかでも彼を有名にしたのが、現在の京浜工業地帯の基礎を作ることになった神奈川県の鶴見・川崎沿岸の埋め立て事業である。150万坪の広大な土地の埋め立て造成を15年の歳月をかけて完成させたこのプロジェクトは、まさに世紀の一大事業といっても過言ではない。

 

 総一郎は、嘉永元(1848)年、能登半島のつけ根に位置する越中(現・富山県)氷見郡薮田村に生まれる。代々続く医師の稼業を継ごうとせず、商売に手をつけては失敗ばかり繰り返していたようだ。総一郎22才の明治3(1870)年、土地の名望家の援助を受け、氷見の中心部に「浅野商店」を開業する。

しかし、これもうまくいかず、高利貸しからの借金も返済するすべがなかった。

 総一郎は夜逃げ同然で故郷を後にし、上京する。明治4(1971)年、維新直後の混乱の時代のことである。

 

 東京に移り住んだ総一郎が目をつけた商売は、「水売り」だった。夏の間は、砂糖水は売れたが、秋になるとさっぱり。そこで、横浜で、味噌・醤油・酒店を営む同郷人の元に身を寄せることになる。いよいよ総一郎の横浜進出である。

やがて、横浜の住吉町に住居兼仕事場を構え、味噌を包む竹の皮の製造・販売へと乗り出していく。このころ、働き者のサクという16才の少女と結婚。その後、竹の皮から、当時の日本のエネルギーの中心であった薪や炭へと転じ、好機が訪れる。

 

 薪炭商売は順調に売り上げを伸ばした。次に考えたのは、新しいエネルギー源となる石炭だった。石炭一本に絞って商いを続け、かなりの財産を築いたが、好事魔多しである。強盗、弟の死、火災と不幸が重なる。しかし、夫婦ともくじけず、石炭商を再開し、発注量は増加。やがて、コークスやコールタールにも乗り出し、事業は急速に拡大していった。

 

 全ての事業がうまく回り出した総一郎にとって、次なる夢はセメント業への進出である。コークスを燃料として納めている深川の官営セメント製造所で、その運営や工程をつぶさに観察。セメントの需要が高まるばかりであったのに目をつけ、渋沢栄一の助力を得て、官営のセメント製造所の払い下げに成功する。これは世間でも大きな注目を浴び、その後、めざましい事業発展を成し遂げ、“セメント王”としての評価を得る。因みに、浅野セメントはこののち「日本セメント」を経て、現在の「太平洋セメント」に継承されている。

 

 総一郎はその後、横浜港築港工事や東洋汽船誕生などでも功績を上げるが、何と言っても世紀の大事業は、東京湾埋め立て事業であろう。

 明治29(1896)年から翌年にかけての海外視察で、総一郎は、東京や横浜など日本を代表する都市が抱える港湾があまりにも不便で貧弱であることを痛感し、強い危機感を抱いた。そこで総一郎は動く。

 

 まずは明治32(1899)年の「品川沖埋め立て計画」、次に明治38(1905)年の「東京築港計画」を提出するが、いずれも却下される。さらに工夫を重ね、明治41(1908)年に、鶴見川河口から川崎在田島村(現・川崎市)までの埋め立て面積150万坪の埋め立て計画を出すが、今度は資金面で難色を示され、県や国からの許可がおりない。

 そこで、総一郎は同郷の先輩であり安田銀行(後の富士銀行)の安田善次郎の助力を仰ぐ。さらに渋沢栄一らの資金協力も得て、明治45(1912)年、「鶴見埋立組合」が発足。大正2(1913)年、ようやく神奈川県から埋め立て認可が下り、工事は順調に進み、ついに昭和3(1928)年、完成した。なんと、計画のスタートから20年を要したが、総一郎のねばり強い交渉力、豪快な実行力の賜物であった。

 

 この“九転十起の男”のべンチャー精神と破天荒な行動力こそが、横浜の工業化を大きく促進したと言っても過言ではない。

 昭和5(1930)年5月、総一郎は82才を迎えてもなお欧米視察に赴いた。ところが、体調が悪化して急遽帰国し、別邸がある大磯で療養していたが、11月にその生涯を閉じる。横浜を拓いた男の大往生であった

 

【出展:拙著「横浜を拓いた男たち」(有隣堂)】

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