【二宮尊徳の成功哲学】シリーズ第15回 中国での尊徳研究~国際二宮尊徳思想学会の役割
中国での尊徳研究~国際二宮尊徳思想学会の役割
松沢成文
二宮尊徳の国際学会?驚かれた方も多いと思う。「国際二宮尊徳思想学会」は平成15(2003)年に設立されているが、実はある日本人と中国人の出会いが機縁となっている。小田原にある報徳博物館の草山昭館長と、北京大学日本文化研究所長の劉金才教授だ(役職はいずれも当時のもの)。
「助教授時代の劉金才先生が法政大学に留学していた平成4年(1992)頃、私の友人を介し、二宮尊徳について教えてほしいと劉先生が訪ねてこられました」――草山館長は当時を語ってくれた。
「分度と推譲を中心に尊徳思想や報徳仕法の話をしました。お帰りになるときに、尊徳思想や報徳仕法に関する本もお渡ししました」
そのときはそれで終わった。だが、それから4年後、「尊徳に関する小論文をまとめました。目を通してください」という便りがあり、以後、頻繁に連絡をとるようになったという。
「そうこうするうち、平成14(2002)年に北京大学で尊徳思想のシンポジウムをするから、日本からも来てくれませんか、という連絡が来たのです」
草山館長は、日本から報徳関係者を連れて北京を訪れた。行ってみて驚いたのは、さまざまな学部や研究所も加わる北京大学をあげてのシンポジウムで、しかも、北京師範大学や広東外資外国語大学、福建華僑大学、南京師範大学、中国中医科学院、中国日本史学会、中華日本学会などの研究者も参加する全国規模のものになっていた。
そのシンポジウムの席上、「一過性のシンポジウムではなく、定期的に研究交流をする学会にしようじゃないか」という提案があり、翌年の平成15年(2003)4月、小田原で「国際二宮尊徳思想学会」が設立されたのである。そして、前年のシンポジウムを第1回大会とし、以後、2年に1度の学術大会を開催することが決定された。
なお、前年のシンポジウムの際の日本と中国の研究者に加え、設立時には、韓国、米国、カナダ、英国の研究者も加わるようになっていた。文字どおりの「国際」学会になったわけだ。
平成16(2004)年には、第2回学術大会が「二宮尊徳研究の過去と未来」をテーマに、東京の日本青年会館で開催された。平成18年(2006)には、大連民族学院において、「報徳思想と経済倫理」をテーマとした第3回学術大会が開かれた。平成20年(2008)には上海華東理工大学において、「報徳思想と調和社会」をテーマに第4回学術大会が行われた。平成22年(2010)8月には、第5回学術会議が京都産業大学で開催され、光栄にも私が「尊徳に学ぶ改革の思想と実践」というテーマで基調講演をさせていただいた。そして、平成24年(2012)の北京での第6回学術大会が、尖閣諸島問題のあおりで開催できず、平成26年(2014)に持ち越された。平成28年(2016)には明治大学で開催。平成30年(2018)には中国・曲阜(孔子の出生地)で、「永安社会の構築をめざして」をテーマに開催されたが、その後はコロナ禍で開催に至っていない。
年々参加者も増え、参加者の熱意も増し、研究発表やディスカッションの内容も高度になっているようだ。中国からの参加者は清華大学や北京大学、大連民族学院大学・北京郵電大学・中国農業大学・華東師範大学、・華等理科大学・広東外語外資大学・社会科学院・孔子書院など、多岐にわたっている。
なぜ今、中国で尊徳が評価されているのか。
中国での尊徳研究の大御所である王秀文大連民族学院大学教授は、次のように語っていた。
「1992年から市場経済を導入し始めた中国では、人々の価値観や倫理的志向などの面において激しい変化がみられ、道徳喪失・拝金主義・自分本位の物質的欲望の充足に走る傾向が強くなり、ますます深刻な社会問題になってきた。そのうえ、経済発展による地域差・都市農村の格差・所得の格差などの拡大に伴う社会問題が、多くの人びとに危惧されている。そこで研究者は、日本の物質的文明と精神的文明の調和に多大な貢献を為した二宮尊徳の『道徳・経済一元的』な思想に着目した。それは単なる精神主義に偏ることなく、道徳と経済が協調し合い、一つに融け合う社会を実現するという報徳の思想と実践を参考に、問題の解決にあたろうとするものである」
次回大会は、日本の北海道大学で開催予定である。コロナ禍と中国情勢は予断を許さないが、日中文化交流の意味でも、尊徳思想の国際的普及のためにも、無事開催されることを願わずにはいられない。尊徳は「徳を世界に及ぼせ」と遺言した。報徳思想が中国のみならず世界に広がっていくことを期待したい。
【出展:拙著『教養として知っておきたい二宮尊徳』(PHP新書)】