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【二宮尊徳の成功哲学】シリーズ第7回 行政改革の鬼・土光敏夫

行政改革の鬼・土光敏夫

松沢成文

 

 「メザシの土光」―――臨時行政調査会で財政再建、行政改革に辣腕をふるった土光敏夫の異名である。これはNHKで特集番組が放送されたとき、妻と二人きりでとる夕食のメニューがメザシに菜っ葉、味噌汁と玄米ごはんという質素なもので、視聴者にインパクトを与えたことから付けられたものだ。

 また、東芝の会長を務めているころ、「うちはエアコンを売っているのだから、会長の家にうちの製品ないのはおかしい」と社長に言われ、やむなく設置したそうだが、来客時以外には使わなかったという。

 これらに代表されるように土光の生活は、質素倹約を絵に描いたようなものだった。

 

 土光は明治29年(1896)、松下幸之助とほぼ同時期に、岡山県御津郡大野村(現・岡山市北区)の農家に生まれた。関西中学に入学したとき、恩師の先生から徹底した精神主義教育を受け、そこで尊徳思想に出会うことになる。そして、当時工業系ではトップの東京高等工業学校(現・東京工業大学)機械科に首席で合格したほどの秀才であった。

 その後、土光は石川島播磨重工と東芝の両社の再建に手腕を発揮し、名経営者といわれるようになる。その経営手法は、「勤・倹・譲」を実践し、常に率先垂範、経営理念も極めて報徳的であった。

 

 昭和56年(1981)には、当時の中曽根康弘行政管理庁長官に要請され「第二次臨時行政調査会長」に就任する。就任するにあたって次の4条件を提示している。①「補助金の廃止」②「国鉄等、公社に対する国庫助成廃止と独立経営化」③「政府の権限の発揮による答申の実行」④「国民の信頼を得るための公正な政治」

 驚くことに、これは尊徳が桜町復興を引き受ける際に小田原藩主・大久保忠真に提示した条件と共通する内容である。尊徳を信奉する土光は、最大の難関である臨調行革に挑むにあたって、尊徳がすべてを投げうって挑んだ桜町復興事業と重ね合わせたのではないだろうか。

 特に尊徳が大久保忠真からの補助金を断ったように、土光も補助金の廃止を第一に掲げ、自立化の重要性を説いているのは興味深い。

 さらに、土光は行政改革に執念を燃やし、「増税なき財政再建」「三公社民営化」などの改革を牽引する。昭和61年(1986)まで「臨時行政改革推進審議会会長」を務め、当時の中曽根首相と力を合わせ、行政改革を強いリーダーシップで断行していく。その謹厳実直な人柄と、まわりの追随を許さない抜群の行動力、そして質素で飾らない生活から、「ミスター合理化」「怒天敏夫」「行革の鬼」とまで呼ばれた。

 

 土光は尊徳について語っている。

 「尊徳先生は『至誠を本とし、勤労を主とし、分度を体とし、推譲を用とする』報徳実践の道を唱えられ、実行に移されたのでありますが、その手法は極めて科学的である経済の論理にかなうものでありました。重税が農民の勤労意欲を奪っていることを認識され、大幅な減税によって働く意欲をかきたて、農村を復興させ、ひいては藩の財政をも立て直していくやり方は、見事というほかありません。財政再建が叫ばれ、行政改革が実施に移されようとしている今日、行財政改革の先駆者である尊徳先生の思想と実践方法を改めて多くの方々に研究し、会得していただき、応用していただきたいと思うのであります」

 「国の内外を問わず世界の大勢は多くの分野で行きづまりに直面し、この困難な状況を克服するうえで、対処する方法手順を与えてくれるものが報徳の道にあると信じます」

 なお土光は、小田原の報徳博物館の創設に際して、建設費賛助委員会の会長を引き受けたが、昭和58年(1983)9月、開館記念式典でもこう述べている。

 「現在日本は大きな問題をはらんでおるわけであります。国内の財政政策も十分でない。毎年、非常な赤字国債を出す。現在、国債はすでに100兆円を越しておるのであります。この問題は現在大変な問題です。日本政府も行政改革をやるということで、目下我々も努力中でありますけれども、尊徳先生の教えを政府も国民も本当にもっと勉強していたら、こんなことになるはずはないのであります。私はその点非常に遺憾に思います。

 尊徳先生の経済思想その他の実績というものを、もっともっと国民の間に植え付ける必要があると思うのであります。

 日本が現在、世界的にも経済的にも大きな国になったのでありますが、本当の経済思想というものが、健全な思想が人々のなかに十分植え付けられておるかどうか、私はこの点に曖昧な点を感ずるのであります。今度は立派な報徳博物館ができたわけで、この点はもう少し国民の間に普及していくということを今後やっていただきたいと、私は大きく期待するわけです」

 

 土光の生涯を貫いた質素倹約の精神、改革推進の実行力は、尊徳から受け継いだものであることが、こうした発言からご理解いただけよう。

 昭和63年(1988)、財界人改革者・土光敏夫は、幾多の実績を残して92才でこの世を去った。

 

【出展:拙著『教養として知っておきたい二宮尊徳』(PHP新書)】

 

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