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【二宮尊徳の成功哲学】シリーズ第5回 「カイゼン」のルーツは尊徳思想―豊田佐吉

「カイゼン」のルーツは尊徳思想――豊田佐吉

松沢成文

 

「トヨタ」といえば自動車会社だが、その前身は繊維機械を製造する「豊田自動織機」である。創業者の豊田佐吉は繊維機械の天才的発明家であり、わがくにの産業革命を先導し繊維産業の発展に大きく貢献した人物である。

 

豊田は慶応3年(1867)、静岡県敷知郡(現・静岡県湖西市)に生まれる。小学校を卒業すると父・伊吉の大工仕事を手伝うようになり、この経験から身に付けた技術が後の発明王のバックボーンとなる。貧困を克服するには学問が必要と考え、東京から新聞を取り寄せたり、仲間を集めて夜学会を開き苦学したそうだ。父の伊吉は、静岡の報徳運動の中心人物であった岡田佐平治・良一郎親子の影響を受け、地元に報徳社を創設したほどの熱心な報徳信奉者だったので、豊田も大きく感化された。

 

豊田は発明で身を立てようとするが、そのとき目に付いたのが、母が機を織る姿だったという。なんとか母の負担を軽くしてあげたい。そう思った豊田は、懸命に織機の研究開発に取り組み、明治23年(1890)、「豊田式木製人力織機」を完成させる。翌年には初めて特許も取得した。その後も飽くなき研究開発を続け、その発明は生涯を通じ百十九件にものぼったのである。

 

豊田は次のように述べている。

「正しく明るく世を渡るべく努力を持続することだ。正しく明るい行為は誠心を基礎として実行を先にするにあるのだ。世の人は口では立派に言うが成さぬではないか。自分は才もなく口をきくことも下手である。それゆえ誠で押してゆくよりほかない」

「何にいくら儲けたいの、これだけ儲けなければならないのと、そんな欲張った自分本位の考えでは駄目だ。世の中には自分以外に人がいるよ。その人を相手にして商売もしていけば、生きていくものだ。自分一人で生きていけるものではない。世の中の多くの人々のために、また、お国のためにという考えで一生懸命働いていけば、食べるものも自然とついてくるものだ」

豊田は策略や駆引きを嫌い、ただ真面目に情熱と誠をもって所信を貫いた。至誠と実行の報徳精神で人々と接したので、内外の多くの人々が彼に信頼を寄せたという。

 

明治末期、豊田は外遊先のアメリカで自動車産業の素晴らしさを目のあたりにし、その発展の可能性を感じとった。そして晩年、息子の喜一郎にこう告げる。

「これからは自動車工業の時代だ。日本も立派な自動車をこしらえなければ世界的な工業国とは言えぬ。国への恩返しにわしは織機で国のために尽した。これからのわしらの新しい仕事は自動車だ。お前は自動車をつくって国のために尽くせ」

こうして豊田は繊維織機で蓄えた資金を惜しみなくつぎ込んで、トヨタ自動車の基盤をつくっていく。息子の喜一郎も出身地の報徳社社長を長く務めていたそうだ。

 

豊田の精神は、現在でもトヨタ自動車で様々な形で受け継がれている。

「自動化ではなく自働化」(合理化を進めるあまりに従業員の人間性や労働意欲を無視してはならない)「ムリ・ムラ・ムダをなくす」「カイゼンをし続ける」これらの有名なトヨタ独自の精神ートヨタイズムーは、尊徳をルーツとして、豊田親子を通じて脈々と流れてきていると言えるのではないか。

世界のビッグビジネスとなったトヨタグループは、豊田佐吉という尊徳思想を信奉した偉大な発明家そして経営者の理念によって支えられている。

 

豊田の生誕120年を記念し、昭和63年(1988)に生誕地(静岡県湖西市)に「豊田佐吉記念館」が創設された。自動織機の発明にとどまらず、自動車をはじめとする日本の産業の発展に精進した志や情熱が偲ばれる。敷地内に佇む復元された茅葺屋根の生家から、世界のビッグビジネス・トヨタが生まれたことを思うとき、唯々驚嘆するほかない。

 

【出展:拙著『教養として知っておきたい二宮尊徳』(PHP選書)】

 

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