たばこ利権の打破が健康社会と財政再建につながる
<『中央公論』2010年2月号掲載>
たばこが健康に重大な影響を及ぼすことは、今や疑いようのない事実である。
たばこは、脳血管疾患、心臓疾患、肺疾患、そしてがんを誘発する大きな原因の一つであり、喫煙者のみならず、非喫煙者も、受動喫煙による健康被害を受ける可能性がある。誰もがたばこを吸う自由はあるが、健康社会を創るためには、たばこに関する正しい理解とともに、適切な規制が求められている。
二○○三年に世界保健機関(WHO)の総会で採択された「たばこ規制枠組条約(FCTC)」では、「たばこの消費及びたばこの煙にさらされる」ことが、死亡や疾病、障害を引き起こすと科学的証拠により明白に証明されていることを明らかにしたうえで、たばこの需要を減らし、たばこの煙にさらされることを防ぐための措置を求めている。日本も翌年にこの条約に署名しており、条約に定められた措置を講じる義務と責任を有している。
受動喫煙防止は本来は国の課題
このうち、たばこの煙にさらされる受動喫煙の防止については、二○○七年に条約締約国による全会一致で採択された「たばこの煙にさらされることからの保護に関するガイドライン」を遵守しなければならない。ガイドラインでは、「一○○%禁煙以外のアプローチは不完全である」(注:分煙では不完全ということ)、「すべての屋内の職場、および屋内の公共の場は禁煙とすべきである」「たばこの煙にさらされることから保護するための立法措置は
強制力を持つべきである」とし、二○一○年二月までに屋内の公共の場における完全禁煙を実現するための法的措置を講じることを定めている。
日本は、二○○三年の条約の採択にあたって、ドイツ、アメリカとともに厳しい規制の採用に反対意見を述べ、WHOの他の加盟国から「悪の枢軸」と評された恥ずべき経緯がある。さらに、二○○七年のガイドラインの採択にあたっては、日本だけが一部の記載の削除や変更を求めるなど、国際社会の中で孤立した行動を取って非難を受けた。
その後、ドイツは二○○七年九月に「受動喫煙防止法」を制定した。アメリカでも多くの州が州法で受動喫煙防止措置を定め、二○○九年六月にはオバマ大統領が、食品医薬品局(FDA)に強力な権限を与える「たばこ規制法」に署名している。今や、条約に基づいて欧州、北米、そしてアジアの主要国や大都市においても、受動喫煙防止の法的措置が実行されている。一方、日本では、たばこの規制に関して、いまだに具体的な法律を議論する気配は見られない。厚生労働省のホームページを見ると、国内法を整備する義務はないと言わんばかりに、「ガイドラインには法的拘束力がない」と記載されているほどだ。
条約とは、国際社会の中でさまざまな国がその利害を乗り越え、それぞれの役割を果たすために締結する約束である。一国の政府が署名し、国会の議決を経て批准しながら、それを履行しないというのは、国際社会における責任ある国家のなすべきことではない。ましてや日本は、WHOの事務経費の約二割を負担する主要構成国である。最終的に全会一致で採択されたガイドラインを遵守しないのでは、国際社会からも孤立してしまう。
WHOは、新型インフルエンザや臓器移植の問題でも新たな方針を打ち出し、指導力を発揮している。日本もそれを錦の御旗として国内対策を推進している。しかし、ことたばこ規制の間題となると、WHOの方針を全く無視して平然としている。これはダブルスタンダード(二重基準)であり、許されることではない。
私は、このように国の対応が全く進まないなかで、条約やガイドラインの精神を全国に発信することで国を動かし、社会を変革していくことが国際県神奈川の果たすべき大きな役割と考えた。そこで、「公共的施設における禁煙条例(仮称どの制定を二○○七年の知事選挙でマニフェストに掲げ、県民の信任を得た。そして、二年間に及ぶ県民、事業者、議会との大激論を経て、日本初の「受動喫煙防止条例」を提案し、昨年三月に成立させることができた。
今年の四月から、神奈川県の公共的室内空間は、学校、病院、官公庁施設などの公共施設については禁煙、飲食店、宿泊施設などの民間施設については禁煙または分煙の選択(一部適用除外あり)となり、受動喫煙から県民の健康を守る新たなルールがその第一歩を踏み出すことになる。
しかし、受動喫煙防止対策は、本来は国が全国一律に取り組むべき課題であることに変わりはない。私は、先の衆議院議員総選挙の各党マニフェストに、受動喫煙防止措置の法制化を盛り込むよう要請活動も行ったが、残念ながら、実際に争点になることはなかった。
なぜ受動喫煙防止をはじめとするたばこ対策が政治の場では進まないのか。その最大の要因は、たばこをめぐる利権構造が立ちはだかっていることだ。
この利権構造こそが、条約やガイドラインの採択で日本国政府が抵抗した大きな理由である。それは国民の健康を守る厚労省も及び腰になる、財務省とたばこ産業との濃密な癒着関係である。
厚労省VS財務省
「たばこ対策」の所管は、言うまでもなく健康行政を預かる厚労省である実際に厚労省は、専門家などからなる「受動喫煙防止対策のあり方に関する検討会」を設け、昨年三月に「基本的な方向性として、多数の者が利用する公共的な空間については、原則として全面禁煙であるべき」とする報告書も公表している。この検討会では、神奈川県として条例の考え方を説明し、その必要性を報告書に盛り込んでもらうことができた。
しかし、そうした動きの一方で、思い通りの「たばこ対策」を打ち出せず、他省庁との関わりあいで苦慮しているのが厚労省の実態である。二○○○年の「健康日本21」の策定時と二○○六年の中間見直し時の二度にわたって「喫煙率の引き下げ」の数値目標を盛り込もうとし、いずれも関係省庁の反対で断念したのだ。二○○九年二月に、私が厚労省を訪れた際、当時の副大臣は受動喫煙防止対策について前向きの姿勢を示しつつも、「関係省庁との調整が必要」と難しさを滲ませていた。この関係省庁の代表格が「たばこ産業」を所管する財務省であり、霞が関の縦割りの弊害がそこに顕著に現れている。
厚労省が禁煙や受動喫煙防止対策を進めようとしても、たばこ産業を所管し、予算編成で絶大な権力を握る財務省がブレーキを踏んでいては、話が進むはずもない。
既得権三点セット
一般的に、産業分野ごとの所管省庁は、一次産業は農林水産省、二次産業は経済産業省、三次産業はそれぞれのサービスを所管する省庁が担う。しかし、たばこ産業については、葉たばこの生産農家から、国内唯一のたばこ製造業者であるJT、そして製造たばこの販売事業者まで、一次、二次、三次を通じて財務省の支配下にある。「たばこ税」を確保し、たばこ利権を守るために、「たばこ耕作組合法」「たばこ事業法」「日本たばこ産業株式会社(JT)法」という三つの法律を財務省が所管する体制を堅持しているからだ。
たばこ耕作組合法は、一九五八年に制定され、「たばこ産業の健全な発達」を目的に、葉たばこの買入契約の締結や農水省が所管する農業協同組合との協調を定めている。
また、たばこ事業法およびJT法は、たばこの専売制の廃止に伴って一九八四年に制定され、「製造たばこに係る租税が財政収入において占める地位等にかんがみ、(中略)我が国たばこ産業の健全な発展を図り、もって財政収入の安定的確保に資すること」を目的としている。そのための仕組みとして、たばこ事業法では、JTによる原料用国内産葉たばこの全量買入、JTによるたばこの製造独占、小売価格の認可制、小売販売業の許可制を定めている。さらに、JT法では、政府による株式の二分の一以上の保有、JTの取締役選任や定款変更への財務大臣の認可、財務大臣によるJTの監督を定めている。
つまり、これらの法律により財務省は、「国内産葉たばこのJTによる全量買入」「JTによるたばこの製造独占」「政府によるたばこ産業の監督」という三点セットの仕組みを設けることで、国内のたばこ産業を強固な保護の下に置いているのだ。
自由主義経済の先進国でありながら、財務省は、たばこが持つ担税力に期待し、生産から流通・販売までのすべてを国家管理の下に置いて、利権構造をはびこらせている。たばこ産業は、自由な競争による市場経済から隔離された、社会主義計画経済そのものなのである。
国策会社JT
このような体制がなぜ維持されなければならないのか。それは、一九八一年に経済団体連合会(経団連)の土光敏夫名誉会長のもとに設置された「第二次臨時行政調査会(第二臨調)」に遡る。第二臨調は、「増税なき財政再建」と「三公社(国鉄・専売公社・電電公社)の民営化」を打ち出した。そして、一九八二年の「行政改革に関する第三次答申—基本答申」では、専売公社について「たばこ耕作者、流通業界等への影響に配慮しつつ段階的に葉たばこ等の問題(注:後述)を解決し、また、逐次要員の合理化を行う必要があるため、当面、政府が株式を保有する持ち株会社とする。事業が合理化され、安定的な収益の確保の目途が得られた段階で、政府は市場の状況等を勘案しながら、逐次特殊会社の株式を公開する。国産葉たばこ問題が解決され、特殊会社の経営基盤が強化された段階で製造独占を廃止し、特殊会社を民営会社とする」とした。たばこ事業法とJT法はこれを受けて制定されたものだ。
現在のJTは、JT法に根拠を持つ特殊会社であり、財務大臣が取締役選任などに係る認可権限と広範な監督権限を持ち、発行済株式の五○・○一%を保有している。このためJTは、トップの座を常に旧大蔵省OBが占めてきた。
二○○○年には初めてプロパーの本田勝彦氏が社長に就任し、その後同じくプロパーである現在の木村宏社長にバトンタッチしたが、会長職には旧大蔵省OBが就いている。現在も、旧大蔵省OBが会長、副社長、常勤監査役に就いており、実質的に財務省の支配下にある。JTは財務官僚の有力な天下り先であり、「渡り」の対象にもなっているのだ。
JTは、財務大臣の認可を受ければ、たばこ以外の事業も展開できることになっている。実際に、鳥居薬品や加卜吉を買収し、医薬や加工食品、飲料などの事業も展開している。加工食品事業では、中国製冷凍ギョーザの農薬混入事件で世間の耳目を集めた。しかし、
こうした事業展開は限定的で、売上高の九二・五%、営業利益では九九・八%をたばこ事業に頼っている(二○○九年三月期決算)。
一般の人々はこのような構造を知らずに、JTを「民営化」され自立した企業と考えがちだが、これは見せかけである。本物の「民営化」とは、政府の株式保有をゼロにし、たばこの製造独占や国産葉たばこの全量買入契約を廃止することだ。たばこ事業法やJT法が存在する限り、JTはたばこ産業保護のための国策会社の性格を持ち続ける。
国産葉たばこ問題とたばこ利権構造
JTが特殊会社のまま民営化されない理由は、第二臨調の基本答申にも盛り込まれていた「国産葉たばこ問題」にある。国産葉たばこの価格は国際価格の三倍以上であり、たばこの製造原価を押し上げ、国際競争力に影響を与えているという問題である。財務省は、国産葉たばこ問題が解決されるまで、JTに国内たばこの製造独占を認めるとともに、国産葉たばこの全量買入契約制を続けるとしている。
しかし、誰が考えても、この国産葉たばこ問題が将来解決されることはあり得ない。法律の制定後すでに四半世紀を経て、世界の農業情勢は大きく変わっている。国際化・グローバル化が進むなか、すでに多くの農作物が自由化された。生産者や事業者は品質や安全性、あるいは生産性の面で血の滲む努力をし、国際市場で戦っている。日本の主食であり食糧安全保障の立場から公益性が高いコメですら、一九九五年に食糧管理制度が廃止され、一部輸入を認め自由な販売や流通が可能になった。こうしたなかで、国産葉たばこだけが市場の競争にさらされず、完全保護下に置かれているのだ。たばこ耕作者のみが、全量買入契約制という枠組みのなかで、所得を保障されるという公益性はどこにあるのであろう。
たばこ税収は、この一○年間、ほぼ二兆円強(うち国税一兆円強、地方税約一兆円)で推移している。八五○兆円を超える膨大な国の債務残高を考えると貴重な財源である。このため、財務省はたばこ規制に消極的とならざるを得ない。たばこに対する規制強化は、たばこ税の減収に直結すると考えているからである。財務省はこの財源を守るため、たばこ産業全体を支配下に置き、政治的な影響力を持つ「たばこ族議員」との癒着関係を築き、利権構造を固めてきた。
一方、葉たばこ生産農家で構成される「たばこ耕作組合」は、農家の経営を支える国産葉たばこの全量買入契約制やJT株式の政府保有の堅持を求め、たばこ族議員への働きかけを強めて、その見返りとして彼らを選挙で応援してきた。
さらにJTは、販売事業者を強い影響下に置く一方で 株式の半数を有する大株主・財務省のOBの天下りを受け入れ、実質的に財務省の支配を受けてきた。
このように、財務省を中心に、たばこ族議員、葉たばこ生産農家、販売事業者、そしてJTが、たばこに関する資金の流れをめぐって、堅固に結びつく。これがたばこ利権構造である。そこには、国民の健康という視点や発想は全くない。そこにあるのは、販売量の維持によるたばこ税の確保であり、明治以来培ったという生産流通秩序の維持である。この利権構造は、たばこ事業法が掲げる「財政収入の安定的確保」のもとに強固に結びついており、見方を変えれば政府による喫煙の促進につながっていると言っても過言ではない。つまり、この利権構造を打破しなければ、たばこ規制枠組条約を遵守し、国民の健康を守るための実効ある「たばこ対策」を進めることは不可能なのである。
不十分かつ後進的な対策
たばこ規制枠組条約では、締約国に対し「受動喫煙防止措置」のほかに、「たばこの需要を減少させるための価格及び課税に関する措置」や、たばこ製品の包装等にたばこによる健康への有害な影響を記述する警告を付すこと、あらゆるたばこの広告、販売促進等の包括的な禁止を行うこと等を求めている。
現在、受動喫煙防止措置としては、健康増進法で多数の者が利用する施設を管理する者に対し努力義務を課している。しかし、諸外国の法律や神奈川県の条例が定めるような罰則はなく、努力義務にとどまるための実効性が極めて低い。
たばこに対する有害表示については、たばこ事業法で注意表示の義務付けや広告に関する配慮などを定めている。確かに、諸外国に比べれば随分遠慮がちだが、たばこの箱には注意表示がある。たばこ販促のためのあからさまなテレビコマーシャルもなくなった。しかし、たばこ事業法が「たばこ産業の健全な発展」という目的を持っている限り、これ以上喫煙行動を効果的に抑止する施策を期待できるはずもない。さらに、たばこの需要を減少させる措置については、具体的な政策は全く講じられていない。たばこ事業法、JT法で守られた堅固な日本のたばこ産業が、そうした措置を易々と受け入れるはずがない。まして、財務大臣はJTの発行株式の半数を有する大株主である。自分の利益を減少させかねない
対策に及び腰になるのは当然と言えば当然である。
このように、わが国のたばこ対策は、強固なたばこ利権構造に阻まれ、極めて不十分かつ後進的であり、条約が求める対策が取れているとは言い難い。条約を誠実に遵守するためには、日本のたばこ産業の構造に手をつけることを避けるわけにはいかないのだ。
たばこ産業はもはや斜陽産業
厚労省の調査では、日本人の喫煙率は一九九八年の二七・六%から二○○八年には二一・八%へとほぼ一貫して減少傾向にある。また、神奈川県が実施した調査では、受動喫煙防止の条例化に約八割の県民が賛意を示した。国民の健康志向や受動喫煙防止の取り組みなどたばこを取り巻く社会環境を考えると、喫煙率は今後も低下を続けることは明らかである。
また、たばこの販売本数は一九九七年の約三二八○億本から、二○○八年には約二四六○億本に、葉たばこ生産農家は一九九六年の約二万九○○○人から、二○○九年には約一万二○○○人に減少しており、国内のたばこ産業を取り巻く環境は極めて厳しい状況にある。
これに追い討ちをかけるのが外国産たばこの伸びで、一九八七年の輸入関税撤廃以降、国内販売のシェアが一貫して上昇し、二○○七年で三五・一%に達している。こうした状況で、今後も国内のたばこ産業を保護しつづけることは、国民の利益に適うのだろうか。財団法人医療経済研究機構の試算では、喫煙により発生する医療費などの経済的損失は七兆円を超える。たばこは、嗜好品として愛煙家が癒しとする以外は、その毒性により愛煙家自身の健康を蝕み、周囲の人々に受動喫煙の被害をもたらすものなのである。今後の医療費の増大を抑えるためにも、改革は不可避である。
このように、もはやたばこ産業には未来はないと言っても過言ではない。国民の健康を守るためにも、たばこ産業に従事する方々のためにも、たばこ対策とたばこ産業の構造改革を大胆に進める具体的な処方箋を早急に検討し、断行すべきだ。
たばこ産業の構造改革を
そのためには、第一に、たばこ事業法やJT法を廃止して政府保有株を売却し、早期にJTの完全民営化を断行することだ。葉たばこの生産から製造、たばこの販売まで、たばこ事業を財務省の支配下に置くこれらの法律を廃止し、たばこ利権構造そのものを解体すべきである。
葉たばこ農家は全量買入制度がなくなるため、他の作物と同様に価格や品質面での経営努力を行うか、他の作物への転作を進めることになる。JTは完全民営化により製造独占を失うが、全量買入の制約がなくなり、国の関与から離れて自由な経営戦略や一層の多角化が可能となる。
一方、販売事業者については、健康増進を目的として、小売販売業の許可制など一定の流通秩序を維持する必要があるだろう。
この改革に向けて最大の課題となるのが、現に葉たばこの生産によって生計を立てている農家への配慮である。三倍以上の内外価格差は容易に解消されるものではない。民主党のマニフェストは、農家全体への所得補償政策を打ち出している。しかし、葉たばこに対して通常の農作物と同様に価格保障・所得補償政策を行うことは、これまで喫煙者が負担してきたコストを非喫煙者に転嫁することになり、国民の理解は得られないだろう。
ここで活用できるのが、時価総額で一兆三○○○億〜一兆五○○○億円にのぼるJTの政府保有株式五○○万株である。この売却益を活用して葉たばこ農家の転作などを支援し、たばこ産業の市場化を緩やかに進めることができる。また、減収を余儀なくされる販売事業者への支援や禁煙指導・禁煙支援など、たばこ対策を総合的に進めるための財源にも活用できる。さらに余った分は、民主党のマニフェストに褐げた改革を実現するための財源、言い換えれば「新たな埋蔵金」ともなるだろう。
第二には、「たばこ対策法」あるいは「受動喫煙防止法」を制定することである。現行の健康増進法は、喫煙だけではなく、食生活、運動など生活習慣に関する全般を網羅するものであり、たばこ対策について、多数の者が利用する施設を管理する者に対し受動喫煙防止の努力義務を課しているだけである。
しかし、受動喫煙の防止に関しては、神奈川県の条例のように、公共的な空間において明確かつ具体的な手法を示して喫煙に関するルールを定める必要がある。
さらに、注意表示や広告規制、販売業の登録制や許可制などは、「財政収入の安定的確保」を目的としたたばこ事業法に盛り込まれているが、これらを「国民の健康」を目指した法制のもとに再構築しなければならない。
こうした視点に基づき、WHOのたばこ規制枠組条約締約国としての義務を果たすためにも、新たな「たばこ対策法」の制定が急務である。
たばこ増税は一石二鳥
第三には、たばこ規制枠組条約でも求められているように、たばこの価格政策を行うこと、つまり、たばこ税を大胆に増税することである。
このたばこ増税の問題については、二○○八年春、日本財団会長の笹川陽平氏が「たばこ一○○○円論」を提起し、大きな議論を巻き起こした。氏の試算では、たばこ増税を断行して一箱一○○○円とした場合、税収は九兆円を超え、現在の二兆円から七兆円も増収となり、値上げにより消費量が三分の一に減ってもなお三兆円を超える税収が見込めるとしている。そしてこの税収は、経済不況が続き消費税の増税が難しいなかで国家財政の再建にも寄与し、さらに増税による喫煙率の減少 は中長期的には国民医療費を削減することになり、七兆円を超えるという喫煙による国民の経済的損失の減少にもつながると指摘している。
氏の提言を受ける形で設立された「たばこと健康を考える議員連盟」が日本学術会議から聴取した試算では、価格が一○○○円になると喫煙人口が約一四%減り、たばこ消費量が約半分になる一方、税収は六兆円余と四兆円以上の増収になるという。
諸外国と比較してみると、たばこの一箱あたりの価格はドイツが七○○円程度、フランスが八○○円程度、英国やノルウェーでは一○○○円を超えており、海外との比較では日本のたばこの価格はまだまだ安いと言っても過言ではない。
たばこ増税は、このようにたばこ税収を増加させるだけでなく、たばこ消費減によって喫煙率を下げて国民医療費を減少させる可能性が高く、まさに一石二鳥の特効薬なのである。もちろん、喫煙による経済的負担、歳出や税収への影響については、ざまざまな試算があるだろう。なかには、たばこの消費が減ると喫煙者が長生きし、将来の年金負担が増加するという乱暴な議論もあるようだ。しかし私たちは、政治が最優先すべき課題は国民の安全や
健康であるという基本を忘れてはならない
新政権は利権構造を打破できるか
今回の政権交代で、これまで改革の大きな障害となっていた「たばこ族議員」が力を失った。また、官僚主導から政治主導への改革を目指す民主党政権は、政・官・業癒着の既得権益を打破し、生活者のための政治を標袴している。民主党のマニフェストを実行するためには、約一六・八兆円の財源が必要とされており、予算編成の手法を抜本的に組み替えることも表明している。今がまさに大胆な改革に踏み切る千載一遇の機会なのだ。
民主党のマニフェストには、たばこ対策が示されていないが、マニフェストに先んじて公表された政策集「INDEX二○○九」には、「たばこ税については財源確保の目的で規定されている現行の『たばこ事業法』を廃止して、健康増進目的の法律を新たに創設します。『たばこ規制枠組み条約』の締約国として、かねてから国際約束として求められている喫煙率を下げるための価格政策の一環として税を位置付けます」と明記されている。
たばこ利権構造を打破することができれば、民主党のマニフェスト推進に必ずつながっていく。たばこ規制が進めば健康社会が実現でき、将来的に医療費が減少して財政再建につながる。JTを完全民営化すれば天下りを廃止でき、株の売却益は新たな「埋蔵金」となる。
また、たばこ税を上げれば新たな税収が生まれ、埋蔵金とあわせてマニフェストを実現するための新たな財源となる。経済情勢が厳しいなかで、このたばこ利権構造の打破は国民を守り富を生む構造改革なのである。
政府税制調査会では、健康目的課税への転換に向け、たばこ税の小幅増税とたばこ事業法の廃止を税制改正大綱に盛り込むことを検討しているというが、今求められているのは単なる対症療法や弥縫策ではなく、たばこ利権構造を打破し、健康社会を実現するための大胆な改革なのである。
政権交代を機に、この改革を早期に実行に移し、私たちにとって最も大切な、国民の安全や健康を第一に考える国づくりを進めていくことをあらためて提案したい。今やそうした具体的な「脱喫煙社会」へのプログラムの実行こそが求められているのである。
たばこ規制枠組条約に基づくガイドラインの履行期限は今年二月に迫っている。