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ストップ!ザ・受動喫煙
神奈川県が禁煙条例制定に立ち上がった理由

<『中央公論』2008年8月号掲載>

平成二十年(二○○八年)四月十五日、神奈川県は、受動喫煙による健康被害を防止する「公共的施設における禁煙条例(仮称)」の基本的考え方を公表した。
その内容は一言でいえば、「受動喫煙を防止するために不特定多数の人々が利用する公共的施設での喫煙を原則として禁止し、その義務に違反した場合には一定の手続きを経た上で罰則を適用する」というものである。
「禁煙条例」という名称ではあるが、この条例は禁煙そのものを目的とするものではなく、ましてや社会から喫煙者を排除しようとするものでもない。たばこは嗜好品であるわけだから、喫煙者の自由を尊重しながら、受動喫煙による非喫煙者の健康被害を防止していく必要があるが、多くの人が利用する屋内施設では受動喫煙の可能性は避けられない。そこで、そのような施設を原則として禁煙にしようというのが条例の趣旨である。そうした意味では、「受動喫煙防止条例(仮称)」といったネーミングのほうが、条例の狙いが伝わりやすいかもしれない。
この「基本的考え方」に対する反応はすさまじいばかりだった。全国ニュ—スなどを通じ、マスコミに大きく取り上げられるとともに、県民や事業者の方々から手紙や電話、メールで賛否両論さまざまな意見が寄せられ、その数は一週間足らずで五○○件あまりに上った。そして、引き続き実施した「パブリック・コメント」を通じて寄せられた意見を合わせ、 その数は一ヵ月あまりで二四○○件を超えた。
私は、このように多くの県民の方々がそれぞれの立場から意見を発言し、論議することを大いに歓迎したい。当たり前の話だが、世の中にはたばこを吸う人=喫煙者と、吸わない人=非喫煙者しかいない。たばこは身近な生活習慣の中にあるために、喫煙場所をどうするかということは双方にとって利害そのものであり、誰もが自分の意見を持っている。「地方自治は民主主義の学校」とよく言われるが、受動喫煙の防止という地域社会におけるルールづくりについて、利害の対立はあれ住民自らが積極的に発言し、解決策を見出していこうとするのは民主主義のあるべき姿であり、それが今まさにこの神奈川の地で実践されようとしているからである。
現在、県では今年度中の条例制定を目指し、この「基本的考え方」をベースに検討を進めているわけだが、本稿が読者の目に触れる頃には、六月定例県議会において激論が交わされ、それを踏まえた次のステップに駒を進めているだろう。
そこで、ここで改めて条例の必要性や受動喫煙防止対策に対する私の思いを述べ、条例制定に向けて県民、さらには国民による活発な議論を期待したい。

受動喫煙対策後進国・日本

二○○三年(平成十五年)五月、世界保健機関(WHO)の総会において、「たばこ規制枠組条約」が採択された。この条約では、屋内の職場、公共交通機関、屋内の公共の場所等におけるたばこの煙からの保護について、各国に措置を講ずるよう求めている。わが国
も、平成十六年(二○○四年)三月にはこの条約に署名し、平成十七年(二○○五年)二月に条約は発効した。さらに、平成十九年(二○○七年)には、「たばこの煙に曝されることからの保護に関するガイドライン」が条約締約国による全会一致で採択された。このガイドラインには、「一○○%禁煙以外の措置(換気・喫煙区域の使用つまり分煙)は、不完全である」「すべての屋内の職場、屋内の公共の場及び公共交通機関は禁煙とすべきである」「た
ばこの煙にさらされることから保護するための立法措置は、責任及び罰則を盛り込むべきである」といった内容が盛り込まれ、各締約国に対し、条約発効後五年以内に例外のない措置を講ずるように努力義務を課している。このガイドラインを遵守するならば、わが国は平成二十二年(二○一○年)二月までに公共的施設における完全禁煙を実現するための法的措置を講じなければならないのである。

受動喫煙から自由な国々

日本の現状に触れる前に、世界の国々の状況を見てみよう。
米国のハワイ州では、公共施設のほか、レストラン、ショッピングセンター、空港、ホテルのロビーなど、不特定多数の人が集まるほとんどの場所を禁煙としている。違反した個人には最高五○ドル、施設管理者には最高五○○ドルの罰金が科せられる。また、神奈川県と友好提携しているメリーランド州でも、今年一月から、公共施設に加え、レストラン、バーなどが禁煙となった。このように米国のほとんどの州で、州法によって公共的な施設にお
ける禁煙措置をはじめとする喫煙規制が実行されている。
欧州ではどうか。たとえばフランスでは、二○○七年(平成十九年)二月から、公共交通機関や企業、商店・百貨店、劇場、医療施設の建物内での禁煙が義務づけられた。違反者には罰則が科せられる。さらに今年一月からはレストランやカフェ、さらにカジノでさえ禁煙になった。このように、EU加盟国でも二五ヵ国中一四ヵ国で禁煙措置が法制化され、年々拡大している。
こうした規制は、欧米諸国だけの特色だろうか。そうではない。香港やシンガポール、タイといったアジアの都市や国でも禁煙の取り組みはどんどん進んでいる。この四月に私自身が現地で調査をした香港の取り組みを簡単に紹介しよう。
香港では、昨年一月からレストランや映画館、オフィスなどを禁煙とし、そして二○○九年(平成二十一年)からは、その対象をバーやナイトクラブ、麻雀店にまで拡大するといった形で、段階的に禁煙措置を講じている。香港での禁煙措置は、受動喫煙による健康被害の防止だけでなく、国際商業観光都市としての香港のブランドイメージを高めることも目的としているそうだ。また、テレビなどのメディアを通じて事前の周知に努めた結果、取り締まりに対するトラブルもなく、禁煙措置への理解は市民の間にしっかりと浸透しているという。特に、私が興味深かったのは事業活動への影響である。実際、飲食店の経営者からは、当初は売り上げが減少したが、しばらくすると非喫煙者や妊産婦、子ども連れの客が増加し、ほとんどの店で売り上げが回復したという話を聞くことができた。
このように、香港、シンガポールなど、商業や観光を主要産業とする国際都市では禁煙対策が徹底して進められており、今や公共的施設における禁煙措置は世界の潮流となっている。そして、どの国でも賛否両論渦巻く中で、民主政治のプロセスを通じ、市民、国民の健康を守るために決断しているのである。

立ちはだかる煙の壁

他方、日本の現状はどうか。わが国では平成十五年(二○○三年)に「健康増進法」が施行されへその第二五条で、多数の者が利用する施設における受動喫煙防止措置が「努力義務」として課せられた。
法の施行後、たしかに受動喫煙防止のための取り組みは進んだ。官公庁や公の施設においては、ほとんどが建物内あるいは敷地内禁煙となっているし、百貨店や小売店でも禁煙は進んでいる。飲食店でも、全面禁煙に踏み切った店も一部にある。神奈川県では平成十九年(二○○七年)七月から、業界団体の英断でタクシーが全面禁煙となった。かつてのたばこの煙が漂う駅や銀行の待合室などの姿を思い起こすと隔世の感がある。これも民間事業者等の努力の成果だろう。しかしながら、果たしてこれで十分なのだろうか。
健康増進法は受動喫煙防止のための規制措置を定めていない。あくまで、受動喫煙防止措置を講ずる「努力義務」を課したものである。子ども連れの親子が利用するファミリーレストランやファーストフード店でさえ、喫煙席から煙が漂ってくる現状が当たり前のわが国は、「一○○%禁煙以外の措置は不完全」「すべての屋内の職場、屋内の公共の場及び公共交通機関は禁煙とすべき」という、たばこ規制枠組条約のガイドラインからはほど遠い位置にあると言わざるを得ない。われわれは、世界の潮流からどんどん取り残されてしまっているのである。

条例制定へ立ち上がった理由

それでもなお、このように問う方も多いだろう。「国が努力義務だけしか「課していないのに、なぜ神奈川県だけが条例で規制しなければならないのか」。たしかに、これまでもマナーを守って喫煙をしてきた方々の中には、県が喫煙のルールを条例で定めることにとまどいを感ずる方もおられるかもしれない。そこで、神奈川県が条例による受動喫煙防止対策が必要と考えるに至った主な理由を述べることにする。
第一は、何と言っても受動喫煙による健康被害を防止することにある。二○○六年(平成十八年)の「米国公衆衛生総監報告書」によると、たばこの煙には有害物質がおよそ二○○種類も含まれる。また最近ではさまざまな病気に関わりがあると言われている活性酸素やダイオキシンが発生することが明らかになっているし、こうした有害物質は、主流煙(喫煙者自身が吸う煙)よりも、副流煙(たばこの先から出る煙)により多く含まれていることがわかっている。受動喫煙が問題となるゆえんである。二○○二年(平成十四年)、WHOの国際がん研究機関は、それまでのさまざまな研究成果を評価し、受動喫煙は肺がんや心臓疾患、脳卒中など、さまざまな疾病のリスクを高めると結論づけた。また前述の「米国公衆衛生総監報告書」でも、大人が受動喫煙に曝されると、肺がんが発生しやすくなることが再確認されている。受動喫煙ががん発生のリスクを高めることはこれら多くの研究で明らかにされ、もはや議論の余地はない。
昨今、たばこ事業者がいろいろなメディアを通じて、喫煙のマナーを呼びかける機会を目にすることが多くなった。喫煙に際して人に迷惑をかけないよう心掛けることは当然だ。しかし、マナーアップという一人ひとりの良識のみに委ねるだけでは到底十分とは言えないのだ。受動動喫煙から逃げることは自分一人ではできない。ましてや、小さい子どもやお年寄りなど社会的弱者はなおさらである。受動喫煙は単なる「迷惑」ではない。「たばこ規制枠組条約」のガイドラインによれば、それは「危険」そのものであるということをわれわれはもっと強く認識しなければならない。そして「受動喫煙」といった個人の努力では防ぎきれない健康被害から国民を守ることは、行政として当然の義務ではないだろうか。
さらに現在、神奈川県はがん対策を強力に推進している。
平成十七年(二○○五年)三月に本県は「がんへの挑戦・10か年戦略」を策定したが、これは国が平成十八年(二○○六年)に制定した「がん対策基本法」に先立つ取り組みである。この戦略では、がんの「予防」「早期発見」「医療」「緩和ケア」、それぞれの場面で充実した施策を展開している。その中で、がん予防の対策として最も重要なものが、たばこ対策であることは言うまでもない。さらに、平成二十年(二○○八年)三月には、「がん克服条例」も成立した。受動喫煙防止は、避けて通れない重要ながん対策なのである。

放置できない国政の怠慢

にもかかわらず、国政においては、国民の健康を所管する厚生労働省とたばこ税を所管する財務省の利害が対立し、受動喫煙対策が行き詰まり打開の糸口を見出すことが期待できない。まさにそのことが第二の理由である。
「たばこ事業法」という法律がある。これは、たばこの専売制の廃止に伴い昭和五十九年 (一九八四年)に制定された法律であるが、第一条には次のような法の目的が記載されている。「製造たばこに係る租税が財政収入において占める地位等にかんがみ……我が国たばこ産業の健全な発展を図り、もって財政収入の安定的確保及び国民経済の健全な発展に資する」。
また、国庫に入るたばこ税の税収は年間九○○○億円に上る。そして、この税金の根拠である「たばこ税法」も、前述の「たばこ事業法」も、その所管はいずれも財務省である。たばこの売り上げの減少は、たばこ税の減収につながり直接国家財政に影響するため、財務省がたばこ規制に及び腰なのは当然ともいえる。財務大臣は日本たばこ産業(JT)筆頭株主であり、JTの業績悪化は財務大臣の責任問題ともなりうる。そして、たばこ税は、六○○兆円を超える膨大な国の債務残高を考えると、財政再建のためには譲れない貴重な財源である。健康増進法を所管する厚生労働省が、ガイドラインの完全な履行を図るための受動喫煙対策に踏み切れない事情のひとつという指摘も頷けないことでもない。わが国のたばこ対策が遅れている大きな原因のひとつには、たばこ事業者とたばこ税を守る財務省に対し、国民の健康を守るべき厚生労働省がその役割を果たすことができないという、霞が関の縦割り行政の弊害があるのだ。
しかし、こうした状況を許したままでよいのだろうか。私は、国民の健康とたばこ税収を秤にかければ、間違いなく国民の健康を重視すべきだと考える。「たばこ規制枠組条約」のガイドラインの期限である平成二十二年(二○一○年)二月に一年半あまりに迫った現在、受動喫煙による国民の健康被害をこのまま座して放置することは、政治の怠慢にほかならない。厚生労働省は国民の健康に責任を持つ官庁として財務省に徹底した戦いを挑むべきだし、省益を超えて国民のために判断するのが政治家の務めであるが、今の国政にはそうした姿勢は微塵も感じられない。国が動かないのであれば、神奈川から動かしていく覚悟である。

神奈川が推進力になる

第三は、条約やガイドラインの精神を、この神奈川からできるだけ実現しようということである。
わが国は「たばこ規制枠組条約」を批准はしているものの、ガイドラインの求める「条約発効から五年以内での例外なき受動喫煙からの保護」が履行される目途はまったく立っていない。
もとより、国際条約を遵守し、国内法を定めるべき主体は国である。しかし、国は条約に加盟しておきながら、その義務を履行しようとしていない。これではモラル・ハザードであり、条約違反といっても過言ではない。多くの条約加盟国では、侃々諤々の議論を重ねた上で法制化を成し遂げ、条約の義務を果たしているのである。中途半端な健康増進法の「努力義務」という壁により、受動喫煙防止措置が新たな展開を見出せない状況をこれ以上座視するわけにはいかない。
そこで、神奈川県が広域自治体として国際条約やガイドラインの精神を可能な限り体現した条例を制定することにより、その効果を多くの方々に知ってもらい、早期の国内法整備を促していく契機とすることが必要だと考えたのである。
かつて神奈川県は、情報公開制度や個人情報の保護制度を都道府県で初めて条例化し、環境アセスメント条例も全国に先駆けて導入した。こうした新たな行政の仕組みづくりは、神奈川をはじめとする先進的な地方自治体が条例を制定し、それが全国に広がり、やがて国の重い腰を動かして法制化が実現したのである。そして、今では誰もが当然のルールだと思っている。昨年、神奈川県が全国の自治体で初めて制定した「知事多選禁止条例」も、そうした条例制定権を活用し、新たな民主主義のルールをつくろうという趣旨で取り組んだものだ。
私は、条例によって自治体固有のルールを設け、それを全国に発信し、社会を変革していくことが神奈川の先進力であり、私たちに与えられた使命であると確信している。
第四は、受動喫煙防止という世界の潮流を神奈川から発信することにより、先進都市とての神奈川のブランドイメージをさらに高め、国際的な都市間競争に勝ち抜くことである。
これまで述べてきたとおり、わが国の受動喫煙防止への取り組みは、完全に世界の潮流から取り残されている。欧米人の感覚からすれば、世界第二位の経済大国である日本において、受動喫煙が事実上野放しにされていることに驚くことだろう。
神奈川県は世界に開かれた国際交流拠点として、わが国において重要な役割を果たしている。外国企業の本社の数も東京都に次いで多く、経済の国際化はトップレベルだ。また、横浜、箱根や鎌倉といった国際的観光地を有する観光立県でもある。平成十八年(二○○六年)に神奈川県を訪れた外国人旅行者数はおよそ一四○万人と推計されるが、全国では東京都、大阪府、京都府に次いで四番目に多い。ビジネスや留学で本県に住み、また観光で訪れる外国人が、日本の受動喫煙の現状に対してどのような印象を受けるかは想像に難くない。そこで私は、受動喫煙防止という世界的潮流を日本全国に発信していくことが、国際県神奈川が果たすべき大きな役割と考える。国際産業・観光都市としての神奈川に、「空気のきれいなまち、健康なまち」という新たな魅力と付加価値を加えて、さらに都市のブランドイメージを高めて日本をリードしていきたい。それが神奈川県民の誇りとなっていくだろう。

沸き起こる論議と神奈川県の考え

さて、本県が条例制定に向けての取り組みに着手した昨年度以降、タウンミーティングやパブリックコメント等を通じて県民や事業者の方々から多くの意見をいただいてきたが、賛否にかかわらず誤解に基づく意見も少なくない。そこで、これまでいただいた意見のうち、説明が必要と思われる代表的なものを抽出し、改めて条例制定に向けての県の基本的考え方を説明したい。
【意見1 個人の嗜好への規制はファシズム?】
「条例による規制は、行政が個人の嗜好を制約するファシズムだ」という意見がある。「基本的考え方」では、条例の目的を「受動喫煙による健康影響を未然に防止し、県民の健康の確保を図るため、県、県民及び事業者の責務を明らか」にし「不特定多数の者が利用する公共的施設における喫煙の禁止を定める」とともに、「普及啓発その他受動喫煙防止促進に必要な施策を定める」こととしている。すなわち、条例が目指すところは、非喫煙者が受動喫煙により被る健康影響を未然に防止することであり、個人の趣味・嗜好である喫煙行為そのものを一律に排除することを企図したものではまったくない。屋外(一部禁止区域を除く)やプライベートな空間での節度を持った喫煙は当然自由である。
しかし、受動喫煙は非喫煙者にとっては単なる「迷惑」に止まらず、前述したように「危険」にほかならない。そこで条例では、喫煙が非喫煙者の健康被害を生じさせるおそれがあり、それに対し有効な保護手段がない場合に限り、何らかの規制が必要であるとの考えの下、「不特定多数の者が利用する公共的施設における喫煙の禁止を定める」こととしているのである。
【意見2 論議が足りない?】
「論議が足りない」「拙速だ」という意見は、われわれが従来の制度や秩序を根本から見直し、改革を進めようとする際につきものの言葉である。
しかし、まず明確にしておきたいのは、「基本的考え方」はパブリックコメント等を通じて意見をいただき、十分に議論し、衆知を集め検討するために作成したものであるということだ。
また、「基本的考え方」を発表するまでの間にも、多くの県民や事業者の方々のご意見を伺ってきた。私は、この条例を検討するに際しては、できるだけ私自身が直接関係する方々とお話しし、ご意見を伺う機会を持ちたいと考えている。そこで昨年来、県内八ヵ所での「タウンミーティング」で多くの県民の方々と論議を交わし、施設管理者、たばこ販売事業者、たばこ製造事業者など、この条例により営業上の影響が生ずることも考えられる方々との直接の話し合いにも臨んだ。併せて、医療や法律の専門家等からなる「神奈川県公共的施設における禁煙条例(仮称)検討委員会」や県議会でも議論をいただいてきた。
さらに、県民の意識や施設の実態を把握するための調査も実施し、公表している。ちなみに、この調査結果によれば、公共的施設での喫煙規制について、賛成という意見が九割近くを占めており、たばこを吸っている方も七割近くが賛成と答えている。今回の「基本的考え方」は、こうしたさまざまな論議や県民意識調査を経て作成したものなのである。
いずれにしてもこの条例は、すべての県民の日常生活に影響を与えるものであるから、今後も多くの県民の意見を聴き、議論を重ね、結論を出していきたい。議論を重ねた上で決断するのが政治の責務である。それがなされなければ改革は進まないのである。
【意見3 喫煙者の追放では?】
条例に反対する方からは、「飲食店等では喫煙できなくなる。公共的施設から喫煙者が追放される」といった懸念も示されている。
繰り返すが、私はその是非はともかく、喫煙するか否かは個人の嗜好の問題であり、それ自体を規制することを是とはしない。周囲の人に危害を与えないように、節度を持って喫煙する方々までも排除するような社会は、決して健全な社会ではないだろう。
しかし、現状はどうか。さまざまな公共的施設で、喫煙場所から立ち上る紫煙を避けるように通り過ぎる子どもや非喫煙者の姿を見ることがあるだろう。一方、良識ある喫煙者にとっては、やっとみつけた喫煙場所なのに、周囲に気を使いながらたばこをくゆらせなければならないことになる。このように現在の健康増進法の下では、喫煙者、禁煙者双方に中途半端な気遣いを強いる結果となっている。
条例は、喫煙に関する社会的ルールをつくり、非喫煙者を受動喫煙の危険性から保護するだけでなく、喫煙者と非喫煙者との共存をも視野に置いたものである。決して喫煙者を地域社会から排除しようとするものではない。
また、条例の規制対象施設について、「官公庁の公共施設だけで十分」「飲食店や娯楽施設は対象とすべきでない」といった意見もある。
しかし、受動喫煙により生ずる危険性が、官公庁か民間施設かで変わるはずはない。「条約」でも、たばこの煙に曝されることからの保護措置を行うべき場所を「屋内の公共の場所」等と幅広く捉えているし、健康増進法第二五条は、飲食店や遊技場・娯楽施設等も受動喫煙防止措置を講ずべき施設としている。県としても、まずすべての不特定多数の方々が利用する施設を規制対象施設とするという原則に立ち、その上でどのような実効性のある措置を設けていくのかを検討していくべきと考えている。
【意見4 税収への影響は?】
条例で公共的施設を禁煙とすることにより、国や地方自治体でのたばこ税の減収の影響を心配する意見もある。平成十八年度決算で国、都道府県、市町村たばこ税の総額は二兆円を超える。本県を見ても、県税収入は一七○億円あまり、市町村税収入は五四○億円あまりにも及び、地方財政にとってもたばこ税が重要な収入源であることはたしかである。加えて、国税のたばこ税は地方交付税の原資ともなっている。
このような条例が成立した場合、喫煙者や喫煙量が減少し、結果として地方自治体のたばこ税収が減少して不利益を被る可能性もないとはいえない。しかし私は、税収を確保するために少々の受動喫煙の危険性は甘受しても仕方がないというような姿勢には反対だ。受動喫煙による健康被害から県民を保護することを、税収より優先するというのが行政の正しいあり方だろう。受動喫煙防止措置を講ずることにより間接的に喫煙嗜好が低減し、その結果、中長期的には心臓疾患、脳卒中、がんなどの患者が減少し、医療費の縮減につながり税収減を上回る財政的メリットが生まれる可能性もある。事実、二○○三年(平成十五年)に法制化したアイルランドでは、そうした成果も表れているようだ。むしろ、こうした期待の下に県民の健康増進を図るための施策を講ずることこそが、今求められているのではないだろうか。
【意見5 分煙で十分?】
「受動喫煙を避けたければ分煙すればいいのではないか」という意見もよくいただく。
先に述べたように、「たばこの煙に曝されることからの保護に関するガイドライン」では、「一○○%禁煙以外の措置(換気・喫煙区域の使用つまり分煙)は、不完全である」としている。程度の差こそあれ、分煙では完全な受動喫煙防止は不可能という考え方を基本としているからだ。喫煙席と禁煙席を分けたとしても煙は流れてくるし、完全分煙にしたとしても、サービスのために喫煙スペースに出入りすることが避けられない施設の従業員には健康への影響が及ぶという問題点も無視できない。さらに、完全分煙を義務づけた場合には、施設の規模や立地条件より分煙施設設置に要する経費負担に格差が生じたり、あるいは分煙措置への対応が困難な施設が生ずる可能性がある。こうした点を考慮すると、不特定多数の人が利用する公共的施設については、まず原則全面禁煙を前提にした上で、より公平で実効性のある措置について論議の幅を広げていくことが必要だろう。

神奈川の先進力で日本を変革する

私は、この条例の制定は大きな社会変革であり、同時に、私も含め県民一人ひとりに社会との関わりについての意識変革を求める取り組みだと考えている。
「仕事が終わった後、酒を飲み、談笑しながら一服する」。私たちはこんな日本の庶民の生活文化に身を置き、疑うこともなかった。もちろん今では、隣席の同僚に紫煙が及ばないように、左右に顔を背けて喫煙するといった人も多くなった。しかし、同僚を避けて吐いた煙や灰皿の煙が、その向こうにいる見知らぬ人の健康を蝕んでいるかもしれないということに思いを致す人が何人いるだろう。たばこの煙にアレルギーを持っている人や、子どもの健康のためにレストランを選ばなければならない家族が、声を出せずにいることも忘れてはならない。こうした受動喫煙への中途半端な知識やマナーが、私たちの持つ公共性の限界を示していると言っては大袈裟だろうか。誰もが安心して空気を吸えるという当たり前の社会への変革を進めるためには、まず一人ひとりが「今までやってきた」「誰でもやっている」という因習から脱却することが求められる。社会変革を実現するには、新たなルールの創設と同時に、一人ひとりの意識改革が不可欠なのである。
そして、政治家としての私が最も重要だと考えるのは、条例を制定することが私の八九○万神奈川県民に対する約束であるということを強調しておきたい。
昨年、二期目の知事選挙に臨むにあたり、私はマニフェスト「神奈川力全開宣言」の中で先進的な二本の条例(ローカルルール11)の制定を県民の皆さんにお約束した。その第一番目に掲げたのが、全国初の「公共的施設における禁煙条例」である。そして、私は再び知事としての信任をいただき、新たな課題に挑戦する機会を得た。むろん、私を支持していただいた方でさえ、すべてが条例に賛成しているわけではないだろう。しかし、多くの方々と徹底した論議を行いながら条例制定を実現することが、マニフェスト改革の使命であり、県民の負託を受けた私の責務なのである。
私は、日本の近代化をリードしてきた先進県である郷土・神奈川県に誇りを持っている。神奈川の「先進力」と「協働力」をもってすれば、「空気がきれいで健康なまち」をつくることは決して不可能ではないと信じている。
地方分権が進む中、地域の課題を解決するためのルールは、住民自らが議論を重ね、利害の対立を超えて決めていかなければならない。そして、この条例はその先駆的事例であると考えている。今後も、条例制定に向けては厳しい意見もたくさんいただくことと思う。そうした意見に対しては、きちんと説明し、議論を重ねていきたい。もちろん、県民同士、事業者同士、さらには国民同士でも大いに議論していただきたい。そうしたプロセスを通じ、喫煙者と非喫煙者が共存する、秩序ある健康的な社会への変革を実現していきたい。

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