5.首都圏連合の設立を
神奈川県政についてもう一つ抱いている構想は、東京、埼玉、千葉も含めた首都圏の再生である。もともと首都圏は、高度成長期に京浜工業地帯を中心に発展し形成された地域である。それが産業構造の変化により、いまではすっかり縮小し元気を失っている。
これを再生させようというもので、その最大のポイントとなるのは羽田空港の拡張、国際化である。羽田空港を二十四時間体制の国際空港にして、ヒトとモノを世界中から呼び寄せるのだ。
たとえば、このとき参考にしたいのがラスベガスである。いまラスベガスではテーマパークと合体させたようなホテルがどんどん建設され、エジプトのピラミッドを真似たホテルもあれば、パリを真似たようなホテルもある。ラスベガスといえばカジノを思い浮かべるが、それだけでなく、家族連れで遊べる街として、世界中から観光客を集めているのである。そうした観光資源による税収によってハイテク工業団地をつくり、新たな繁栄を築き上げているのが現在のラスベガスだ。首都圏もこうした方向で再生することも考えられる。羽田空港の国際化によって新しい産業を誘致し、新しい需要と雇用をつくる。こういう積極的な発想が求められている。
ただしこれを実現するには、首都圏の一都三県が協力することが必須の条件である。いま首都圏の行政を見渡したとき、けっして横の連携がうまくとれているとはいいがたい。羽田空港の国際化にしても、東京や神奈川は賛成するが、成田空港を抱える千葉は反対するといった具合である。これに霞ヶ関の縦割り行政が絡んで、一体的でスピーディな行政が行なえなくなっている。
そこで私が提唱したいのが、「首都圏連合」の設立である。すでに「首都圏サミット」という名で東京、千葉、埼玉、神奈川の県知事と、政令指定都市の川崎、横浜、千葉の市長による情報交換は定期的に行なわれている。ただ現状では、各自治体の抱える事情もあり、なかなか一丸となった行動を起こせない。そこで首都圏が一体となって動ける器をつくるのである。
現行制度でも、「広域連合」という仕組みがあるから、これを使って広域政策を担当する一つの政府として「首都圏連合」を設立し、そこに国の権限も含めてさまざまな権限を持たせる。もちろん現在の都県市もいろいろ意見をいうことはできるが、最終的には連合が責任をもって決定し実行する。これは将来的に道州制へ移行する時の土台にもなるはずだ。
そしてもう一つ、新しい自治のあり方として考えているのが、「常設型の住民投票制度」の導入である。これまで住民投票というと、吉野川の河口堰をはじめ、個別のテーマについては各地で行なわれてきた。これをさらに進めて、有権者全体に関わる重要なテーマについては首長と議会の同意を得て住民投票を行ない、住民の意思を問える仕組みをつくるのである。
もちろん議会や首長の権限との兼ね合いもあり、住民投票の結果をそのまま取り入れるわけにはいかない。それでも「道州制に移行する」とか、「新税を導入する」といった県民全体に関わる重要な問題について、県民の意向を聞くことの意味は大きい。
これまでの日本人はいわば「お任せ民主主義」で、いちど選挙で選んだら、あとは政策の実現について首長や議員に任せっぱなしであった。それが政治への無関心を招いたともいえるが、常設型の住民投票制度があれば、住民もいまより政策に興味をもつようになるし、勉強して声を上げるようにもなる。
また行政は、住民が政策を判断するための情報公開をもっと求められるようになる。民主主義政治をうまく機能させるうえで、新しい効果をもたらすはずである。このような情報公開や日常的な県民参加の仕組みに加えて、首長、議会、住民の権限や責務、さらに首長の多選禁止をも盛り込んだ「自治基本条例」を制定することも考えてみたい。
以上、神奈川県政に対する私の考えを簡単に述べてみた。ほかにも危機的な県の財政や産業雇用問題等、神奈川県の重要課題は山積している。紙面の都合上省略するが、追って発表していきたい。
最後にあらためて訴える。日本の歴史を顧みたとき、旧く機能不全に陥った体制が崩壊するのは、必ず地方からの決起によるものであった。室町幕府を倒したのは、織田信長をはじめとする地方の武士である。江戸幕府を倒し維新を遂げたのも、薩長など地方の雄藩である。しかもそれぞれの地方で力を蓄え民衆を豊かにしてこそ、改革の原動力になりえた。そう考えたとき、いまの日本の、旧く機能不全に陥った中央集権体制を打破するのは、やはり地域住民とともにある地方の知事や市町村長たちなのである。
私はこれまで国会議員としてさまざまな改革に取り組んできた。国会を離れることは断腸の思いである。しかし「官から民へ、国から地方へ、日本の構造改革を進める」という大きな目標を成就するために、あえて厳しい決断を下した。
今年はおりしも、浦賀に黒船が来航して百五十周年にあたる。以来、明治維新を経て日本の近代化を引っ張ってきたのは神奈川県である。その先進の気風の下、多くの変革を求める県民の皆さんとともに新しい神奈川の力を創りたい。
神奈川から日本を動かすために、私は神奈川の再生に挑戦する。そして全国の改革派・市民派の首長とスクラムを組んで霞ヶ関と戦い、新しい日本を創る覚悟である。
(終わり)
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目次
- 変わらない日本、変わる日本
- しがらみのない改革派首長の出現
- 日本は地方からしか変えられない
- 教育改革特区構想
- 首都圏連合の設立を
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